朝ごはんを食べに有名店へ行く道すがら青空食堂が目に入った。通り過ぎようと思ったが少し立ち止まり近づいて行く。(あれ? いつもの感じ…?)看板の一番上にはおそらく先客が皆食べているお料理の名前が書いてあるのだろうけど、知っている越南料理のどれでもなさそうな綴り。そのすぐ下にひとつだけ知っている単語を見つけたことに気を良くして、鍋の番をしている女性に向かって連呼すると、(え? )空いてる席のプラスティックの低い椅子に素早く腰を下ろした。(いいの? ここで?)

こんにちはも、ありがとうも、何て言うのか知らない。自分を知っている人もいない。情報で頭が大きくならないうちにこの町を訪れてみたかった。

運ばれてきた麺はトマトの程よい酸味があり、汁を吸った厚揚げが先程張り切って注文した牛肉よりも格段においしい。別盛りの香草をどっさりと入れるとまた違う味になるから不思議だ。半分くらいお腹に収まったところで机の上に携帯電話を出して地図を見ながら目的地にピンを打ってみる。時間に限りがあるので欲張らない。(でも、結局バスに乗り遅れたよね!)
そうしているうちに鳥目線になり、まだどこへも行っていないのに近いうちにまたすぐここに戻ってきたいなと魂が喜んで先走りする。(久々だね、この感覚!)

熱帯気候の秋晴れの空。ぶらぶら心地よく歩けるのはせいぜいあと一時間くらいだろう。そうなればバイタクに乗ってもいいしなどひとりぶつぶつ言いながら、どんぶりにまた目を移して少しへなった香草をれんげで掬って口に運んだ。

(二〇二三年 秋 河内の路地裏にて)