何んにもないところで巴士をおろされた。滞在先の胡同を割と早めに出たつもりだったけど、もう午後の三時を回っている。お腹すいた。いつものようにまた、寒さによって不安が姿を表す前に、お腹に何か入れて体を温めなくては。辺りに唯一の建物へ一目散に向かう。

助かった。なにか食べれそう。でも、どうやって注文したらいいのか。お品書きがあるわけでもないし、この旅で時々あったように冷蔵庫まで連れて行かれてもすぐには思いつかないよ。
それよりも先に︙
「本当に手を洗いたいだけですか。」
我々のやり取りを見ていて状況をすぐに察知してくれたのだろう、その声の主の方に振り返ると、この場所には似つかわしくない風貌の西川ヘレンのような顔立ちの女性がこちらを見ていた。
助かった。予期せぬ日本語に心が担いでいた見えない荷物を一気におろしそうになった。でもなぜか、彼女にはそれをさせない雰囲気があり、せっかくの幸運を汚さないように、自分のことを手短に話し、これから向かう川底村についてだけ尋ねた。

すっきりして席に戻ると、もうお料理が運ばれてきているではないか。湯に匙をつけほっとしたのもつかの間、荒々しくお店の扉が開き、冷たい風とともに一人の青年が入ってきて、我々の席の横で大声を出して何か言い始めた。苦笑いを彼に向けてまだ湯気が残っている食事に目を戻すが、あきらめるどころかもう一つ声を荒げ食い下がる。そこにまたヘレンさんが短く何か言って、幕引きという形になった。新しい不安を運んできた油揚げを狙う鳶。もう何を食べても味なんてしない。とはいえ目的地に無事たどり着けず今日最後のごはんになるかもしれないから、それでも口に運ばなきゃ。

ほぼ食べ終わったのを見計らって鳶がまた舞い戻り、ヘレンさんから彼が村まで送ると言っているがどうするかと聞かれた。それしか手段がない、でも渡りに船という気には全然なれない、外国人と村民の間に挟まってしまったヘレンさん、この人の車に乗っても大丈夫か、頭の中でいろんな思いを足したり引いたりした。
村の大きな看板を見るまでは半信半疑だったし、入り口で少しもめたことは我々をさらに不安にさせたが、もしかしたら彼は鳶でさえなかったのかもしれないと、帰国して何年かしてから山賊の話を聞いた時に小さく詫びた。

(二〇〇五年中秋節 北京・川底村)